• ホーム
  • 法華宗(陣門流)とは
  • 法華宗の行事
  • 法華宗寺院
  • お問い合わせ

仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

本仏と本尊と用語がございます。違いがよくわかりません。本仏と本尊はどのような関係で理解すればよろしいのでしょうか?

布教研究所所員・見附市 如實院住職 田中隆寬


大曼荼羅御本尊 日蓮聖人筆
本興寺蔵

 宗祖は諸宗の本尊としてまつられている毘盧遮那仏(華厳)、丈六の小釈迦(阿含)、阿弥陀仏(念仏)、大日如来(真言)は法華経に顕示される久遠実成釈尊の分身仏・投影で、あたかも天月が影を水面に浮かべるようなものであり、「諸宗は本尊にまどえり」(開目抄)と仰せになっています。

 そもそも本尊とはご承知の通り信仰の対象であり、絶対的なものでなければならないのです。本宗の日相聖人は本尊の定義として、

1、本来尊重(本来、無始の久遠より最も尊重される存在であること)  

2、本有の尊形(人為的につくられたものではなく、久遠常住の尊形で、尊敬に価するものであること)

3、根本尊崇(久遠の昔から根本的に尊崇され、絶対的信仰になりうるもの) の3つをあげられ、「本門三大事の随一は本尊なり。蓋(けだ)し、起信立行の正境にして、我等が安心の根本なるが故なり」と、本尊こそ本門の三秘の根本、安心立命の根本といわれています。  

 宗祖は文永10年4月、佐渡の一の谷で「観心本尊抄」を著述し、本尊の相貌(すがた)を説明され、同年7月に大曼陀羅を図顕されました。大曼陀羅の相貌は、法華経虚空会上、本門八品の姿であって、寿量品の題目を信ずる者は1人も漏れず、この本尊に住することを示されました。つまり曼陀羅は私達と本仏との感応道交の相なのです。日相聖人は大曼陀羅の中心として題目・釈迦・多宝の両尊、天照太神・八幡大菩薩、宗祖(本化の四菩薩)を取り上げています。その他の諸尊は本有の尊形と荘厳を示すわけですから略されても本尊としてあつかわれています。なお、一尊四士・一塔両尊四士は、宗祖において同一本尊の異表現であること付け加えておきます。

 さて、質問の件ですが、本宗では本尊=久遠本仏釈尊となります。また、本門の釈尊とその所説(真理)は人法不二の故一体と見ております。ですから、本仏釈尊は正に信仰の対象であります。もう少し付け加えますと、本宗では人本尊を重視しますから、題目は単なる法(真理)ではなく、本仏釈尊の人格そのものなのです。大曼陀羅に見られるお題目=本仏釈尊、そして題目の両脇にある釈迦は本仏の智(説法する人)で、多宝は境(真理の証明)を意味し、本仏世界において両尊は一体、久遠釈尊の仏界として顕れています。

一覧に戻る


上へ戻る