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仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

『宝塔偈』を独特なリズムで読むのはなぜですか?

椿澤舜寛

  法華宗のお経の読み方は 「読経の調子は緩急宜敷を得て誠実に読誦すべし、又音声も高低を失わず、平地を歩むが如くすべし」

「読誦は常に導師、上座に正しく唱和することを心掛け、所謂"耳で読む"ことが肝要である。奇声を張り上げたり、自己流の抑揚をつけたり、走ることは絶対にいけない」

 と定めています。すなわち、同じ声の高さで、同じ速さで読む、法要の場合は、導師の調声速度に合わせるように心がけて読むことが、基本的な読み方です。

 しかし、法華宗では、妙法蓮華経見宝塔品第十一偈文(宝塔偈)の「此経難持・・・・皆応供養」は、独特なリズムで読みます。これは、日蓮大聖人四大法難の1つ、弘長元年(1261年聖人40歳)5月12日伊豆流罪の時、由比ヶ浜の海岸(鎌倉)には、お弟子の日朗聖人、日昭聖人、檀越の人々が駆けつけた。日蓮大聖人の船が浜から離れるのを、日朗聖人は船の綱に取りすがり、「同船させてほしい」と声を限りに叫んだ。船人は櫂(かい)を振り上げ、その手を打ちくだき、さらに渚に打ちすえた。船は岸辺より離れていき、日蓮大聖人は船端に立ち、日朗聖人の心が哀れなのを察し、「やえの潮路は遠くとも、伊豆と鎌倉は西、東、朝日東天に昇れば日朗鎌倉にあると思うべし、月西山に傾けば日蓮伊豆にありと知れ、他日必ず再会せん、御法の為に其身を大切にせよ、ゆめ悲しむことなかれ」と幼い日朗聖人を励まされ、離岸する船上から宝塔偈(此経難持~)を読まれたのです。

 日蓮大聖人の、お弟子達、檀越に対して慈愛に満ちた、長く、ゆっくりとしたお声は、波間に漂ったと、いい伝えられています。長くゆっくりとしたお経が、波により独特の節に聞こえ、沖中節に似ているといわれています。

 法華宗では、日朗聖人が浜辺で聞かれた宝塔偈を、日朗聖人→日印聖人→日陣聖人→現在まで口伝され、独特のリズムの読み方を、日蓮大聖人のお心と共に、今日まで継承しているのです。  

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