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仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

仏教から生まれた言葉を教えてください。

布教研究所所員・酒田妙法寺裡 飯田泰英

 仏教には縁がないという人でも、知らず知らずに使っている仏教から生まれた言葉が沢山あります。その中からいくつか書き出してみます。

『破魔矢(はまや)』

お正月になると正月、お寺や神社などへ参拝に行くと、おみやげに破魔矢・弓を買うしきたりがあります。これは魔除(まよ)けになると信じられているからです。「破魔」とは仏教の言葉で、迷い、悩み、苦しみなど人間のさまざまな煩悩(ぼんのう)を断つこと、消滅することの意味です。

『億劫(おっくう)』

落語の「寿限無(じゅげむ)」に出てくる長い名前の中の「五劫(ごこう)の擦(す)り切(き)れ」がどうして縁起がいいのかというと、これは気の遠くなるような長い時間を表(あらわ)し、つまり長生きの願いが込められているからです。 この「劫」とは、仏教でいう時間の単位です。縦・横・高さがそれぞれ一六〇キロメートルの大岩があって、ここに百年に一度だけ天人が降り立ち、その天人の衣が大岩の表面をなでてすりきれるまでの時間を一劫といいます。この劫が一億回も続いた時間を「億劫」といいます。正しくは「オッコウ」と読みます。 つまり「億劫」はとてつもなく長い年月のことで、限りなく永遠に近い時間と考えます。そんな数えつくせぬほどの長時間のことを考えると、目の前の些細(ささい)なことにあくせく心を傾けるなど、ばからしくて何もする気が起こらない。そうした心境に「億劫」の語源が見いだせます。

『ガリガリ』

この言葉の中に、「やせ細った」、「細い」と言う意味を表す言葉で使われます。 「ガリガリ」は仏教語です。それは、この「ガリガリ」を漢字で書くとわかると思います。 「ガリガリ」を漢字で書くと「我利我利」となります。これに「亡者」をつけることもあります。つまり「我利我利亡者(がりがりもうじゃ)」です。 「我利我利亡者」…その意味は、文字の通りなのです。「我の利益、我の利益、それのみを追求する亡者」ということです。「亡者」というのは、本来は死者のことですが、「何かにとり憑かれたように一つのことに執着(しゅうじゃく)するもの」という意味でも使われます。ですから、「我利我利亡者」とは、「他人のことはどうでもよく、自分の利益のみ追求する者」という意味になります。

餓鬼(がき)のことを、ご存じの方も多いと思いますが、その姿は「背は低く、非常に痩(や)せていて、喉は針のごとく細く、肋骨(ろっこつ)は浮き出ていて、手足は骨に皮が張り付いている」ような姿をしています。生前、自分の利益のみに執着したためにそんな姿の生き物に生まれ変わってしまったのです。生きているとき、「我の利益」と、自分の利益のみを追求していた者が、痩せ細った餓鬼に生まれ変わるのです。つまり、生きているとき「我利、我利」と言っていた者が、「非常に痩せ細った姿」の餓鬼となるのです。

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