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仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

仏像はなぜ蓮に乗っているのですか?

教研究所所員・宝塚妙玄寺住職 長谷川宣正


  「蓮」スイレン科の水生の多年草。根茎(こんけい)は節が多く、晩秋に末端部が肥厚(ひこう)し、蓮根(はすね)といい、食用。葉は円形で長い柄をもち水上に出る。夏、水上に花茎を伸ばし、紅・淡紅・白色などの大きな花を開く。インドの原産で、古く中国から渡来し、池・沼などに栽培される。(大辞泉)

 仏教以前の古代のインドに、ヴイシュヌ神のへそから生じた蓮華の上に梵天(ぼんてん)が座して宇宙のもととなったという神話があり、蓮はそれ以来「蓮華座(れんけざ)」という仏像の座布団になったそうです。お寺の本堂にある造花を常花(じょうか)といいますが、これもたいてい蓮の形です。

 また、蓮にはいくつかの特別な意味があります。

 ひとつは、池・沼などの泥の中から茎を伸ばし大きくきれいに咲く蓮の花は、つらいことや苦しいことばかりに見えるこの末法(まっぽう)の世の中にあらわれた仏の悟(さと)り・慈悲(じひ)に譬(たと)えられます。仏典には「蓮華は水に生じ水に長じ、水の上に出でて水に著せざるが如(ごと)く、是の如く如来は世間に生じ世間に長じ、世間の行を出でて世間の法に著(じゅく)せず」と仏の境地が述べられ、日蓮大聖人は「蓮はよきもの、泥よりいでたり」と、末法の汚世(じょくせ)に法華経を信じる気持ちを起こすことを、池から蓮のつぼみが出ることに譬えられています。

 いまひとつは、蓮が他の植物と違い、花が咲くのと実がなるのが同時であるということが、迷悟不二(めいこふに)・煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)・即身成仏(そくしんじょうぶつ)をあらわしています。つまり悟りとか浄土というものは、修行をかさねて煩悩を滅した後に今と違う状態で到達するというようなものではなく、迷いや煩悩を持ったままの私たちが仏さまと同じ状態になれるのだという教えです。

 ところで、私たちの帰依(きえ)する経典は「妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)」といい、インドの大乗経典「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」を鳩摩羅什(くまらじゅう)が五世紀に訳したものです。これを直訳すると「正しい教え(サッダルマ)である白蓮華(プンダリーカ)のお経(スートラ)」となります。法華経はその名前のとおり、末法の世に咲いた大きな白い教えの花です。私たちの生きているこの世界こそが仏の世界であり、私たちが永遠の仏様の一部分であると教えてくれる、最も大切な経典なのです。

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