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仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

地獄の沙汰もかね次第

山本充彦


  「地獄の沙汰も銭次第」「地獄極楽金次第」「冥土の道も金次第」など他にも類句が多い。

 寺方にとっては誠にありがたい話ではあるが、本来「地獄の沙汰も金次第」のかねとは、「馨」や「鈴」を表すものが俗っばく「金」に変化したものである。「馨」や「鈴」は仏事を行う前に空気を振動させ場を清め仏様をお呼びする道具である。仏前や神前において場を清める道具の多くは空気を振動させるものである。たとえば「釣り鐘」「太鼓」「ドラ」「雅楽の楽器」等はとんとが空気を振動させるものである。

 神社においてはキンなどがないので手を打って空気を振動させ場を清める、茶席においては、席の準備ができると打ち水や、鳴り物(ドラ等)でお客さまにお知らせする、同じように仏前をおかざりして、お灯明やお線香をお供えしキンを打って場を清め準備ができたことを仏さまに知らせ、こちらに出てきていただくわけである。

 つまり「地獄の沙汰もかね次第」とは、地獄へ行けというあの世の判決も、娑婆よりの回向(お経の功徳)により救われるということである。地獄の判決といえば主に閻魔さんの沙汰という印象が強いが、日蓮大聖人御遺文の「十王讃歎鈔」によると、我々が死ぬと一週間おきに裁判にかかるそうである。

◆初七日の裁判官 秦広王 本地 不動明王
◆二七日は初江王 本地 釈迦如来
◆三七日は宗帝王 本地 文殊師利菩薩
◆四七日は五官王 本地 普賢菩薩
◆五七日は閻魔王 本地 地蔵菩薩
◆六七日は変成王 本地 弥勒菩薩
◆七七日は泰山王 本地 薬師如来
◆百ケ日は平等王 本地 観世音菩薩
◆一周忌は都弔王 本地 大勢至菩薩
◆三回忌は五道輪転王 本地 釈迦如

 となっているが、我々のよく知ったことろでは五七日の閻魔さまである。このように七日ごとに裁判にかかるので亡くなると七日おきに娑婆より回向を送り、その折の沙汰が地獄行きでもお経の功徳により地獄行きを妨げるというのが「地獄の沙汰もかね次第」ということである。

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