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仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

良医の喩

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 如来は真実は滅度しないのであるが、しかし、「まさに滅度を取るであろう」と説かれる。

 それはなぜかと云うと、若し佛陀が久しい間世に住されておれば、徳薄い人達は善根を植えようとせず、貧しくまた賤しく、五欲にふけって、邪見の網に陥るであろう。それ故に如来は方便によって、 「比丘(僧のこと)よ、まさに知るべし、諸仏の出世に値うことは難い。徳薄い人は無量百千万劫のあいだにも、或いは仏を見ることもあり、或いは仏を見ないこともあるほどである」と説くのである。

 衆生はこの言葉を聞いて、「仏には値い難い」と云う想を生じて、心に恋慕をいだいて、仏を渇仰し、すなわち善根を植えるであろう。

 この故に、如来は実には滅度しないのであるがしかも滅度すと説くのである。これは諸仏の常法である。衆生を済度するために説くのであるからみな真実であり虚妄ではない。

 たとえば良医(名医のこと)がいて、智慧がさとく、薬の調合をよく知っていて、どんな病気もな治すとする。

 この良医には沢山の子どもがいた。仕事のためにこの良医が他国に旅行した。その間に子どもたちは誤って毒を飲み、狂人になってしまった。しかし、狂人にならない子どももいた。

 良医が旅行から帰ってきたとき、子どもたちはよろこんで、ひざまづいて、「よく安穏にお帰りくださいました。しかし私達は愚かにも誤って毒を飲んでしまいました。どうぞ早く治療して下さい」と言った。父は子どもたちの苦悩を見て、方々からすぐれた薬草をとりよせ、色も香りも味も良い薬を調合して、子どもたちに与えた。

 多くの子どもたちのうち、本心を失わない子どもたちは、直ちにこの良薬をのんで、病は悉く癒えた。

 しかし本心を失った子どもたちは、父の帰って来たのを見て、歓喜して挨拶をして病気をなおしてくださいと頼んだけれども、しかしその薬を飲もうとしない。毒が深く入ってしまって、本心を失っているから、色、香り、味のよい薬を見てもそれをよいと思えないのである。

 そこで父なる良医は考えて、「この子どもたちは愍れむべきである。毒にあてられて、心が顛倒している。私を見て、よろこんで治療を求めるけれども、しかし薬をのもうとしない。私はいま方便をもうけて、子どもらにこの薬をのませよう」と。

 そこで良医は子どもたちに告げて言った、「汝らよく知りなさい。私はいま老衰して、死のときが来た。汝らのためにこの良薬をとどめてここに置いておく。汝らはこれをのみなさい。癒らないと心配してはいけません」と。このように告げて他国まで行って、使をつかわして「汝らの父はもうすでに死んだ」と知らせた。

 これを聞いて、子どもたちは、父を失ったと知って心大いに憂悩して、「もし父がおられたならば、私たちをあわれみ、救護してくださるであろうが、いまや我らを捨てて、遠い他国で亡くなられた。私たちは孤児となり、頼るものはなくなってしまった。」と大きな悲しみをいだき、ついには心が醒めて、この薬が、色も香りも味も良いのを知って、それを服したのである。そして毒の病はすべて癒えた。他国にいた父親は、子どもたちがすべてなおったと聞いて、帰って来て子どもたちに会う。

 善男子たちよ、汝らはどう思うか。この良医に虚妄語の罪があると云うであろうか、決してそうではない。

 私はこれと同じように、成仏已来、無量無辺百千万劫をへている。しかし衆生を済度するために方便によって滅度するのである。  

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