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仏教質問箱布教誌『宝塔』に連載中の「仏教質問箱」より

大聖人の予言についておしえて下さい。

布教研究所助手・富山 本陽寺住職 都築昌信



  日蓮大聖人は、文応(ぶんおう)元年(一二六〇)七月十六日に宿谷(やどや)左衛門光則(さえもんみつのり)という人に託して、幕府の前執権(しっけん)・最明寺入道北条時頼(さいみょうじにゅうどうほうじょうときより)に『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』を奏上されました。

  この書では、種々の災難が起こる原因として、日本国が正しい教えである『法華経(ほけきょう)』に背いていることにあることが、経文(きょうもん)によって裏づけられました。そして、『薬師経』の「七難」の内の「自界叛逆難(じかいほんぎゃくなん)」と「他国侵逼難(たこくしんぴつなん)」もやがて起こるであろうと予言されました。(他の五難(ごなん)はすでに起こつている)

安国論(あんこくろん)では、

薬師経(やくしきょう)の七難(しちなん)の内(うち)、五難忽(こなんなちまち)ちに起こり二難猶残(になんなおのこ)せり。所以他国侵逼難(たこくしんぴつなん)・自界叛逆難也(じかいはんぎゃくなんなり)。

  とあります。

  自界叛逆難(じかいほんぎゃくなん)は、文永(ぶんえい)九年(一二七二)二月十一日に、京都六波羅の北条時輔(ほうじょうときすけ)、鎌倉名越(なごえ)の北条教時などが、執権(しっけん)北条時宗(ときむね)に謀叛(むほん)を起こしたことで適中しました。

  他国侵逼難は、文永五年(一二六八)の蒙古牒状(ちょうじょう)到来、文永十一年の蒙古襲来で適中したのであります。

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