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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

教主釋尊は既に五百塵点劫より已来妙覚果満の仏なり

出展:法華取要鈔(昭定八一二)
解説:村上東俊 学林助教授・多摩 立正院住職

教主釋尊は既に五百塵点劫より已来妙覚果満の仏なり

 四月八日は釈尊ご降誕の聖日です。釈尊はネパール王国のルンビニー園でご誕生になり、出家の後にインドのブッダガヤにおいて悟りを開かれたのです。
 しかし、釈尊は法華経寿量品において、実はブッタガヤで悟られる以前の久遠の昔に、すでに悟りを開かれていた仏さまである、と宣言されたのです。
 この一節は、大聖人が寿量品に明かされる釈尊の真実のお姿が、比類なき究極の仏さまであり、他の教典に説かれる仏・菩薩を統一する根本の仏さまであることを仰せになったものです。
 五百塵点劫とは、時間を超越した無限の数量を表します。そして、この久遠の昔に、すでに修行によって到達する最高位(妙覚)の仏さまであったのです。
 この仏さまを、私たちは帰依渇仰すべき超越的絶対的な仏さまとして、「本仏釈尊」「(本門の)教主釈尊」「久遠実成の釈迦牟尼仏」「久遠本仏」などとお呼びします。
 本仏釈尊は久遠の昔から現在、そして未来の三世にわたり、私たちを守護し、教化し、慈愛して下さるのです。そして、本仏釈尊と私たちは本来慈父と愛子の関係であるにもかかわらず、末法のもつ時代的必然性によって法華経への帰依を忘れてしまい、本仏釈尊に対して不幸の失を冒していることに気がつかないのです。
 法華経・大聖人を通じて、私たちは、自らの内に秘められた本仏釈尊との結縁を知り、また現実に本仏釈尊が、この世界に存在し続ける仏さまであることを信受するのです。

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