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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

教主釈尊は 日本国の一切衆生の父母なり師匠なり主君なり

出展:頼朝陳状(昭定一三五七頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

教主釈尊は 日本国の一切衆生の父母なり師匠なり主君なり

 まずは出典の『頼基陳状(よりもとちんじょう)』の意味から。
  頼基(よりもと)とは皆さまおなじみのサムライ信者「四条金吾頼基(しじょうきんごよりもと)」のことです。陳状(ちんじょう)とは現代語では「弁明書(べんめいしょ)」もしくは「陳情書(ちんじょうしょ)」を指(さ)します。
  建治(けんじ)三年(一二七七)六月、金吾はある信仰上の問題で主君江馬光時(えまみつとき)の不興(ふきょう)を買い、なんと「今後は一切法華経信仰と日蓮房(にちれんぼう)への帰依(きえ)をしない」旨(むね)の起請文(きしょうもん)(誓約書)を出すよう迫られますが、金吾は毅然(きぜん)と拒否しました。この緊迫(きんぱく)した主従の事態を聞いた大聖人が、江馬光時に宛(あ)てて書かれたのが『頼基陳状』です。
  大聖人は陳情の中で、金吾が頑(がん)として法華経信仰を曲げない理由を次々と列挙し、聖訓(せいくん)の根拠となる法華経譬喩品(ほけきょうひゆほん)の経文を引用します。
「今此(いまこ)の三界(さんがい)は皆是(みなこ)れ我(わ)が有(う)なり。其(そ)の中の衆生(しゅじょう)は悉(ことごと)く是(こ)れ吾(わ)が子(こ)なり」
  すなわち法華経の教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)はわたしたち衆生の父母(ふぼ)(親)であり、師匠(ししよう)(師)であり、国王(主)であると説かれているのに、江馬殿(えまどの)が信仰する浄土経(じょうどきょう)の阿弥陀仏(あみだぶつ)はこの主(しゆ)・師(し)・親(しん)の三徳(さんとく)を備(そな)えていない。だからこそ、法華経の教主釈尊のみがわたしたち衆生にとって最高の仏である。その真実(しんじつ)を理解したが故(ゆえ)に頼基(よりもと)(金吾)は法華経信仰を捨てないのである。
  その点を聡明(そうめい)な江馬殿ならば、きっとわかってくださるでしょう。というのが今月の聖訓の要旨(ようし)です。
  この陳情を知った金吾はおおいに勇気づけられて、起請文の不提出を決断し、法華経信仰と大聖人への絶対帰依を生涯貫(つらぬ)いたのでした。

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