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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ

解説:栗田孝之

南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ

 このおことばは弘安元年(1278)11月に、富士の九郎太郎から芋や栗など秋の収穫したものを大聖人へ供養し奉った際の、身延からの礼状である『九郎太郎殿御返事』の一節であります。

 九郎太郎という人物についてはあまり詳かでないとされていますが、南條兵衛七郎の一族であり南條次郎時光の従兄弟ともいわれています。

 身延の山中には農作物の乏しい実情を述べて、それを供養された九郎太郎の篤い志を賞で、転じて末法の今の世には法華経の題目、南無妙法蓮華経の七字こそ、仏になる種子であるとし、成仏得脱の要法と示し、さらに進んでむかし土の餅を仏に供養した功徳でさえ、仏になった例がある。まして仏より勝れた法華経に供養されたのであるから、今生には利生にあずかり後生には必ず仏になること疑いなしと祝福されています。

 当時、念仏を唱えたり戒律を持つものは多くあるが、末世救済の大法たる法華経を信じるものは少ないのである。それはあたかも、星はいかに多くとも大海は照さず、また草はいかに多くとも御殿の柱とはならないが如く、いかに多くの念仏を唱えても結局仏にはなる道ではない。またいかに戒律を持っても寂光浄土へ参る功徳とはならないとされたのです。

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