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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

釈迦仏の本土は 実には娑婆世界なり

出展:下山御消息(昭定一三三七頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

釈迦仏の本土は 実には娑婆世界なり

 この『下山御消息(しもやまごしょうそく)』の宛(あ)て主は、甲斐国下山郷(かいのくにしもやまごう)の地頭(じとう)を務める下山兵庫五郎光基(しもやまひょうごごろうみつもと)という武士です。光基の息子に「印旛房日永(いんばぼうにちえい)」という大聖人の弟子がいます。
 日永は武士であったころは、父祖代々の信仰として『阿弥陀経(あみだきょう)』を誦(じゅ)するほどの熱心な念仏信者(ねんぶつしんじゃ)だったのですが、大聖人と出会ってその教えに感銘し、ついに念仏を捨てて法華経行者として出家しました。それを聞いた父親の光基は怒り、息子日永に早く阿弥陀信仰にもどるように迫ります。
 このような父子の信仰的葛藤(かっとう)を見、日々心さんざめく日永を激励し、阿弥陀信仰に妄執(もうしゅう)する光基を目覚めさせるために認(したた)められたのが、今月の聖訓の出典『下山御消息』です。
 仏の世界を「浄土(じょうど)」といいますが、阿弥陀仏は西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)の仏であり、人間は死んだ後でなければそこに行けません。それに対し法華経で説かれる浄土は「娑婆即寂光浄土(しゃばそくじゃっこうじょうど)」といい、私たち生身の衆生が生きている娑婆世界そのものなのです。
 このお手紙を読み、はじめは反発していた光基もやがて大聖人の法華経信仰の正しさにめざめ、大聖人の身延(みのぶ)における外護者(げごしゃ)の一翼(いちよく)を担(にな)う檀越(だんのつ)となったのです。

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