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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

つたなき者のならひは約束せし事をまことの時はわするるなるべし

出展:開目抄(昭定六〇四頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

 四条金吾の娘に「月満御前」の名を授けてから四か月後。文永八年九月十二日、大聖人は生涯最大の危機を迎えます。他宗の讒言によって無実の罪を着せられた大聖人は、あやうく竜の口刑場で斬首されかけました(龍口法難)。直前に手違いが判明して斬首は免れたものの、赦免とはならず大聖人は佐渡島へ流罪となられたのです。

 佐渡での大聖人の栖は、塚原の三昧堂という荒れ果てた庵でした。厳冬期の佐渡は酷寒の地で深い雪に閉ざされ、流罪とは名ばかりの実質的には死罪に等しいものでした。

 幕府は同時に、鎌倉に残る日蓮教団を一気に壊滅させるため、「千人の信者のうち九百九十九人が信仰を退転した」と後にいわれるような弾圧を加え、その有様は言語に絶するほど苛烈を極めたようです。

 今月の聖訓は、佐渡に流され死を覚悟した大聖人が門下への「かたみ」として著された『開目抄』の一節です。現代風に言い換えれば、「愚かな者は、えてして心に決めたことや約束したことを、実行すべき時に忘れたフリをして実行しない」となりましょうか。

 細かな解説は割愛しますが、大聖人のいう「つたなき者」とはだれを指すのでしょう。権力をカサに着て本来流罪のはずの大聖人を密かに斬首せんとした幕府役人。既得権勢を守るため大聖人を陥れんと画策した者。共通するのは約束したことを「忘れた」とトボケルことです。

 今日でも「つたなき者」は・・・・・・。

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