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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

日蓮がたましいは 南無妙法蓮華経にすぎたるはなし

解説:布施義高 学林教授・青山持法寺裡

日蓮がたましいは 南無妙法蓮華経にすぎたるはなし

 「入魂」という言葉があります。
 私は、この言葉を目にするたびに、自身の学生時代の体験-大著を執筆された先生から「自分の分身を世に送り出したようだ」という所感を伺い、ものの受け止め方に転換がもたらされたこと-を想い起こします。
 全神経を傾注して成しとげられた仕事には、その人の精魂が宿り、朽ちることなく永久の光彩を放つ。それは真理を衝くものと思われてなりません。
 情熱ほとばしる大聖人の御遺文は、明治の文豪・高山樗牛をして「爆布のごとし」「文は人なり」と感嘆せしめたことが知られております。
 法華信仰に生きる私たちにとって、大聖人のお言葉の一つ一つは、大聖人の心魂が宿った金言であります。
 なかでも、法華宗の教えの根幹「本門寿量品の肝心南無妙法蓮華経」は、大聖人が全身全霊を傾けて、信得始唱され、生涯その弘通に身命を捧げられた、大聖人の魂魄そのものであり、言霊とさえいえるかも知れません。それは同時に、
 「只偏に釈迦如来の御神我身に入りかわせ給ひけるにや」-大聖人
と叙べられた境地、すなわち、本仏釈尊の遣い(本化上行菩薩の応現)である大聖人の魂を通して顕された、本仏釈尊の心魂、全ての生命生存を安寧に導く本仏の大慈悲を本質とすると領解されるのであります。
 「(お題目を中央に大書する大曼荼羅御本尊は)日蓮が魂を墨に染めながして書きて候ぞ」-大聖人

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