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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

あおぐところは釈迦仏 信ずる法は法華経なり

解説:布施義高

あおぐところは釈迦仏 信ずる法は法華経なり

 私達が日頃読誦する法華経の中心、如来寿量品では、インドに応現された歴史上の釈迦牟尼世尊(釈迦仏)みずからが、一切の仏(諸仏)の根本身、過去・現在・未来の三世に永遠の「本仏」であることを顕されます。ここに、「本仏釈尊(釈迦仏)」以外の他仏は全て、水面に映じた月影のごとき方便の仏に過ぎないことが明らかとなるのです。

大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏は我等が本師教主釈尊の所従等なり」-大聖人-

 この本仏釈尊こそが、全ての生命を、「救いの世界」にいざなわと大慈悲を垂れ給う、真の主・師・親であります。そして、その本仏釈尊が全ての生命存在を救わんがためにお説きになられた教が法華経であり、末法という今の時代に留め置かれた大良薬が、「本門寿量品の肝心南無妙法蓮華経」のお題目なのです。

 私達は本仏釈尊をご本尊(本門の本尊)として仰ぎ、本仏がわれわれに与えて下さったお題目(本門の題目)に純粋無垢の「信」を捧げることによって、おのずと、救いの光明に包み込まれるのです。

 また、大聖人は、そのことを全うするための、神聖な信仰の道場(本門の戒壇)の重要性を力説されています。その大切な信仰の拠点とは、私達それぞれの菩提寺であり、最も中心となる寺塔が総本山本成寺であります。

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