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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

仰ぐところは釈迦仏信ずる法は法華経なり

 仏教は勿論お釈迦様が説かれたものであり、その真髄は法華経であるという事は誰でもが知っている事である。およそ宗教には、信仰の中心たる霊格と、それ によって示教された規範と、それを弘める先達と、この三つが完備されていなくてはならない。その一つが欠けてもそれは真の宗教として、人類の救済を目的と するとは云へないのである。仏教ではこの三つを仏・法・僧の三宝と称し、この三宝あるが故に吾々は、仏教を知りその教えを信行することによって救はれると 信ずるのである。三宝を尊崇するゆえんである。
 仏とは一般にはお釈迦様を指すが、本宗においては印度に出生されたお釈迦様ではなく、久遠の昔、永遠の過去から、又未来へ向っても永遠の仏として、常に 衆生を教化される、久遠実成のお釈迦様(久遠本仏)を指すのであり、印度に出生されたお釈迦様は衆生を教化するための方便の現れである、とするのである。
 次に法とは、このお釈迦様がこれを説く事が、この世に出現した目的であるとして、説法なさった妙法蓮華経であり、この法華経は吾々が住んでいる娑婆世界 こそが真の浄土であり、その中の衆生は悟りの中にいるのだが、迷のためそれを自覚出来ないのだ、と説かれている。他の経典の中にはこの様な事を説いたもの は一つもなく、法華経が諸経の中の宝とか大王とか云はれるゆえんである。この久遠本仏と法華経の教えを今こそ弘まるべき時であると、あらゆる困難をおし て、この末法の世に弘められたのが日蓮大聖人である。僧宝と云うべきであろう。この末法においては、久遠本仏と法華経の肝心たるお題目を信ずる以外には、 悟りに入る道はないのだ、と示されているのである。

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