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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

足代と申すは一切経なり 大塔と申すは法華経なり

出展:上野殿母尼御前御返事(昭定一八一二頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

足代と申すは一切経なり 大塔と申すは法華経なり

 「足代」の意味を現代国語辞典で調べると、「・・・外出時にかかる費用・交通費」とありました。しかし今月の聖訓は「あししろ」と読みます。一切経が交通費?と疑問に感じて、遺文辞典などをひもといてみましたら、足代とは建設現場に組まれる「足場」を指すことが判りました。なるほど。疑問氷解です。大聖人は続けます。「大塔を組まんがためには足代大切なれども、大塔くみあげぬれば足代を切り落とす也」
  つまるところ『阿弥陀経』・『大日経』・『般若経』・『華厳経』などは『妙法蓮華経』という大塔の建設のために、足場として組まれた仮の教えにすぎなかったのです。
  この聖訓は弘安三年(一二八○)十月、上野七郎五郎の四十九日追善のために、母である上野殿母尼から身延の日蓮大聖人に送られた米・芋・柿・柚・摺豆腐・蒟蒻などの供養の品への返礼のお手紙の一節です。
  法華経と他の経々との内容・意義の違いを、大塔とそれを造るための足場にたとえて説かれたことに、大聖人が難しい教理をわかりやすく明快に弘めようと心を砕かれたご様子がありありとうかがえます。
  易しいことを易しく、難しいことを難しく語るのは凡庸。易しいことを難しくして話すのは拙劣。難しいと思われがちな事柄を平易に説けるのが説法の達人です。
  日蓮大聖人のお手紙を拝読すると、まさしく大聖人は説法教化の大名人でいらっしゃったといえるでしょう。

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