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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

信は智慧の種なり

 法華経は信解の仏教です。この聖語は、大聖人が法華経『信解品』の経文について教えられた中のおことばで、「諸仏の成道も信の一字より起るなり。信は元品(根本)の無明(迷い)を切る利剣なり。解とは智慧の異名なり。智慧とは南無妙法蓮華経なり。信は智慧の種なり。」と仰せになりました。
 信解品には「長者窮子」の教えが説かれてあります。法華経の中に釈尊は「世の父なり」と繰返し説かれますが、それは仏教が智慧の教えであるからです。父親の愛情は本来、智慧の愛情であり、慈悲も智慧に基いていなければなりません。
 一切衆生の父なる釈尊は豊かな心の長者です。父の子でありながら、私達凡夫は心貧しく迷い悩む精神的放浪者です。父を捨てて流浪した窮子はやがて父の許へ立ち寄るのですが、窮子は長者の父を敬遠し逃げ去ろうとします。しかし、遂には父の誘引教導を信じて本来の仏子(菩薩)に目覚め、無上の宝聚である仏智(南無妙法蓮華経)を信受することが出きた教えであります。
 自分が仏の子であることを忘失して煩悩の世界に心をひかれ、み仏に背を向けながら、しかし父なる仏の許へ立ち還ろうとするのは仏子の「仏性」の力です。仏性のはたらきである信力があればこそ、「今身より仏身にいたるまで、よく持ち奉る本門寿量品の肝心南無妙法蓮華経」と、お題目を唱えさせて頂けます。そして段々と愚かな至らない自分が解ってまいります。
 法華経『譬喩品』で釈尊は智慧第一の弟子、舎利弗尊者に対し「汝舎利弗、尚お此の経においては信を以て入ることを得たり。己が智分に非ず」
と戒しめておられます。大聖人の宗旨は信を以て智慧に代える「以信代慧」であります。

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