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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

聴聞する時はもへたつ(燃立)ばかりをもへども
とをざかりぬればすつる心あり

解説:佐古弘文

聴聞する時はもへたつ(燃立)ばかりをもへどもとをざかりぬればすつる心あり

 このお手紙は、上野の南條七郎次郎へ宛てられた『上野殿御返事』の一節で、法華経の信者のあり方を示されたものであります。

 上野殿は幼くして父を亡くし、母と共に熱烈に大聖人を信仰されだ大檀越の一人です。

 ある時里芋・串柿・焼米・粟・筍・酢等の供養を受けた大聖人さまは、「阿育王は前世に童子として土餅を仏に捧げ、その功徳として今生に大王となることができました。それに対してあなたは、このような日本国中が飢えに瀕する状況で、種々の貴重な品々を供養して下さるのですから、必ず釈迦仏・多宝仏・十羅刹女の御加護を得ることができるでしょう」とその功徳の甚大なることを讃えられました。

 そして大聖人さまは法華経の信者の態度に二種あり、一つは火の如く信仰する人、一つは水の如く信仰する人だと示されました。即ち火の如く信仰する人とは、一時は火が燃え立つように熱するけれども、時のたつに随って、あたかも火が消えるように、その信仰心が薄らいでしまう人であり、一方の水の如く信仰する人とは、あたかも水の流れの絶え間がないように、法華経を退転なく信仰する人をいうのです。

 このように大聖人さまは、真の法華経の信者は、上野殿のように水の如き不退転の信仰に安住すべきであるとお示しになられたのであります。

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