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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

都て凡夫の菩提心は多く悪縁にたぼらかされ事にふれて移りやすき物也

解説:田中豊隆

都て凡夫の菩提心は多く悪縁にたぼらかされ事にふれて移りやすき物也

 このお言葉は、建治二年(一二七六)篤信の松野六郎左衛門入道から、法華経の修行にっいてご教示を請われたことに対して、末代は、僧俗ともに「不惜身命、不退転」の修行が真の修行だと諭されたお手紙の中の一節であります。

 私たちの周りには、菩提心(阿耨多羅三藐三菩提心の略、さとりを求めて仏道を行おうとする心)をおこす人は多くおります。

 しかし、途中で退転(捨てる)することなくどこまでも求めつづけて、真実の仏道に会う人は極めて稀であります。

 大聖人様は、上野殿御返事の中で「火のような信心でなく、水のような信心であれ」と説かれております。これは、法華経を聴聞し随喜のあまり燃えたつほどに熱するけれども、やがて聴聞の機会から遠のくと段々と冷めて遂には、法華経を捨ててしまう一時の信心と、絶えず湧き出る泉の水のように、いつも心にかけて忘れることなく、持ちつづける信心ということであります。

 また、「四条金吾殿御返事」の中では、「受くるは易すく、持つは難し、さる間、成仏は持つにあり」と、間断のない信心こそが成仏の本であると示されております。私たちは、ご本尊に向かって、今身より仏身に至るまで、良く持ちたてまつる本門寿墓品の肝心、南無妙法蓮華経と授戒したならば、退くことなく一歩一歩さとりに近ずく信仰でなければなりません。

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