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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

願うても願うべきは仏道求めても求むべきは経教也

解説:山岸観深

願うても願うべきは仏道求めても求むべきは経教也

 「身命を捨てても願わねばならぬものは、仏の道であり、求めても求めねばならぬのは、経教である」大聖人は述べられて、末代衆生のために釈尊が世に出られた本懐は、「妙法蓮華経」の「教え」にあると示されました。

 釈尊ご一代の「教え」は、方便教と真実教、小乗と大乗、顕教と密教等一様ではありません。

 釈尊は時に三十歳、菩提樹の下で悟りを開かれましたが、教化を受ける衆生の機根(仏の教えを聞いて働き始める心の能力)がまちまちであるため、以来四十余年の間は準備の教化を施されました。

 そして時に七十二歳、はじめて「法華経」を説いて、ご出世の本懐を達せられ,大聖人は「今此の妙法蓮華経は、諸仏が此の世に出られた本意で、衆生が成仏する唯一の道である」と説き示されました。

 この「聖愚問答鈔上」では、律宗・念仏宗・禅宗・真言宗の四宗が、釈尊の本意に契わぬものであり、正しく「法華経」こそが釈尊ご一代の「教え」であり、「二乗作仏」「久遠実成」の二つの大事、「一念三千」の法門に一切の修行を収めた、私達末代衆生が求めるべき「経教」であることを教えられているのです。

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