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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

山にあらざればくさびら(茸)なし
法華経にあらざれば 仏になる道なかりけるか

解説:門谷東生

山にあらざればくさびら(茸)なし 法華経にあらざれば 仏になる道なかりけるか

 このおことばは、建治四年(一二七八)正月二十五日、大聖人さま五十七歳の時、身延から四条金吾へ送られた書状の最初の部分です。

 四条金吾は、北条氏一門の江馬氏に、父の代から仕えた実直な鎌倉武士で、大聖人さまの四大檀越の一人です。

 大聖人さまが身延へ入られた直後、金吾は主君江馬光時に会い、それまでの信仰を改め、法華経に帰依するように勧めましたが、聞き入れられずかえって不興を買い同輩からも讒言され、不遇な日々が続き主君との間に溝が生じました。金吾は大聖人さまの指示を仰ぎ、その教訓に従って主君に仕えることによりその件は落着したのですが、その後、再び讒言にあい主君の勘気を蒙り謹慎逼塞のやむなきに至りました。そのとき大聖人さまは陳状一通を代作し、主君江馬氏にそれを提示させその結果事態の好転を見ることとなりました。大聖人さまは、金吾の奉公と信仰の両立に力を添えられたのです。

 主君の勘気が解けたとの報を聞かれた大聖人さまは、喜びを表され、さらに今後の注意を与えられたのがこの書状です。最初に四条氏から供養の品々の送られたことを珍重すると共に、それに因んで一切衆生の成仏は法華経に限ると述べておられます。そして金吾に対し、主君の勘気が解けたことはひとえに諸天のご加護と法華信仰の賜であると示され、なお一層の信心を奨励されているのです。

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