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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

我が身にあてて身の失をしるべし

解説:学林教授・大久保  本修寺住職 田中 靖隆

我が身にあてて身の失をしるべし

 自分自身に過失があるのか考えてみなければなりません

 今年最後のお言葉は、十月と同じ『開目抄』からです。自分は法華経の行者ではないのか? と人生の根幹がらぐ苦しい問いへの答えを探すなかの一文です。

 このような苦しい疑問というのは、現代にも共通していて、悲しいことやつらいことがあった時に起こるといわれています。例えば、家族や親しい人と死別した時、自身や家族が大病や大けがをした時、人間関係がうまくいかない時、何か失敗をしてしまった時、何をやっても上手くいかない時など。

 そんな時に今月のお言葉のように自分が間違っていたからか? とすぐに思うことは難しいことです。それどころか何故こんな目に合うのか? どうして自分ばかり? と苦しい思いをします。みなさまも、このような苦しい疑問に当たった経験がおありだと思います。大聖人はお経から答えを見つけられましたが、みなさまは、どのように乗り越えられたのでしょうか。

 そんな時、思いもかけない人や物などのつながりで救われたという経験が、よく思い返すと、どなたさまも必ずあると思います。

 そういうことは偶然では決してなく、どなたかがみなさまを守ってくださっているあかしなのだと思います。今生きている人は誰かの子どもであり、兄弟であり、親であり、孫であり、夫婦であり、知り合いです。先にったどなたかが、生きている自分たちを守っていてくださること、ありがたく思います。

 人のせいにして非難するのは簡単ですが、自分が悪いのか? と認めて反省することは本当に難しいと思います。しかし、大聖人でもそこから始められたということは、私など普通の者にとってはとても励みになります。いろんなご縁を頂きながら〝自分にも過失があるのか考えてみよう〟と一歩始めてみたいと考えています。

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