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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

知恩をもて最とし 報恩をもて前とす

出展:聖愚問答抄下(昭定三七七頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

知恩をもて最とし 報恩をもて前とす

 知恩(ちおん)とは「恩(おん)を知(し)る」こと、報恩(ほうおん)とは「恩に報(むく)いる」の意味です。大聖人は恩にも「四恩(しおん)」といって、父母(ふぼ)の恩・師匠(ししょう)の恩・三宝(さんぼう)(仏法僧(ぶっぽうそう))の恩・国主(こくしゆ)の恩があることを説かれました。そして、儒教(じゅきょう)など仏教以外の教えにも「報恩(ほうおん)」の概念(がいねん)はあるが、「知恩(ちおん)」は仏教にしか説かれておらず、これこそが人間の人間たる理由・最大の責務(せきむ)であると述べておられます。今月の聖訓に続けて、「世に四恩(しおん)あり。これを知(し)るを人倫(じんりん)となづけ、知(し)らざるを畜生(ちくしょう)とす」とあるように、「恩(おん)を知(し)る」ことの大切さを強調されているのです。
 わたしたち人間は、身勝手(みがって)な生物です。ことわざに、
「受(う)けた恩義(おんぎ)は三歩(さんぽ)で忘(わす)れ、買(か)った恨(うら)みは三途(さんず)の川(かわ)までついてくる」
とあるように、うらみつらみは忘れなくても、授(さず)かった恩恵(おんけい)はすぐに意識(いしき)の外(そと)に出ていきがちです。とくに自分を育ててくれた親や、成長を助けてくれた師匠(ししょう)(恩師(おんし))などに対しては、成人して歳(とし)を重ねるごとに
「もう子どもじゃないんだから!」
などと、まるで自分一人で大きくなったかのような態度や心持ちになってしまうのは、筆者にも心当たりがあります。恩を忘れ、慢心(まんしん)・増長心(ぞつちょうしん)が起きてしまう自(みずか)らの精神の脆弱(ぜいじゃく)さに恥(は)じ入るばかりです。
 大聖人はそうした人間の弱(よわ)さや、脆(もろ)さをよくご存知だったからこそ、「知恩(ちおん)」の重要さを説(と)かれたのではないでしょうか。少なくとも「恩知(おんし)らず」と呼ばれないようにしたいですね。

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