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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ

出展:開目抄(昭定五九〇頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ

 日蓮大聖人は「八万四千の法門」といわれるくらい膨大な量の仏教の経典を全て読破し、研究し尽くした後に、『法華経本門寿量品』こそが釈尊の真意であることを看破されました。しかし、仏教のみの学問研鑚にとらわれていたのではありません。
  仏教以外にも印度のバラモン教・ジャイナ教、また中国の儒教・道教・老荘思想に至るまで、ありとあらゆる分野の学問思想に精通しておられました。
  今月の聖訓は、儒教と仏教の思想の浅深の比較を述べられた一節ですが、広い知識と深い教養、それによってもたらされる悠遠な思索が、肌身にひびくご文章です。
  儒教は中国の孔子に始まる思想で、仁・義・礼・智・信・忠・孝・悌という概念を重んじます。とりわけ大陸から朝鮮半島に伝播し、日本に移入された儒学においては孝(両親への孝養)と悌(年長者への敬意)が重視されるようになりました。
  しかし、それらはあくまで現在世に限ったものであり、過去世(前生)、未来世(後生)には及ばないのです。
  それに対して仏教では、過去世・現在世・未来世の三世に亘って永遠に孝も悌も説かれています。
  父や母が亡くなった時は、涙涸れんばかりに号泣して悲しむけれども、年月とともに親から受けた恩は忘れ、日々の煩瑣につい孝を軽んじてしまってはいませんか?
  ふと思いあたることがあるならば、お仏壇に向い、お供物や茶湯を用意して合掌し、「南無妙法蓮華経」を唱えましょう。その行いこそが後生(未来世)への親孝行の実践供養なのです。

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