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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

一生が間賢なりし人も一言に身をほろぼす

出展:兄弟抄(昭定九二七)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

一生が間賢なりし人も一言に身をほろぼす

 『兄弟抄(きょうだいしょう)』は文永十二年(一二七五)四月、池上宗仲(いけがみむねなか)・宗長(むねなが)兄弟に宛(あ)てて送られたお手紙です。兄弟の父、池上康光(いけがみやすみつ)は幕府の作事奉行(さくじぶぎょう)として千束(せんぞく)(東京都大田区)あたりを領有する御家人(ごけにん)ですが、真言律宗(しんごんりっしゅう)の熱心な信者でした。しかし息子の宗仲・宗長がそろって大聖人の法華宗に改宗したことに激怒し、ともに勘当(かんどう)してしまいます。このことを知った大聖人は、動揺する兄弟に法華経信仰の大切さを説くためにこのこ文章を認(したた)められました。
  聖訓本文はこのお手紙の仲の例え話の一説です。略説してみましょう。
  古代中国に伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)という、ともに優れた人格者の賢人兄弟がいました。二人は周(しゅう)王朝に使えていたのですが訳あって野(や)に下(くだ)り、山奥で食うや食わずの隠遁(いんとん)生活を送っていました。しかし、天は賢人兄弟を見捨てず、白鹿となって二人の許(もと)に現れ、乳を飲ませて命を守っていたのです。しかし叔斉の一言が天の怒りを買ってしまいます。「この白鹿を殺して肉を食べよう」と言った途端、白鹿は天に帰り、結局兄弟は餓死(がし)して草むらに屍(しかばね)となってしまった、という故事に拠(よ)っています。
  大聖人はこの故事(こじ)をもって池上兄弟に短慮(たんりょ)を戒(いまし)め、法華信仰の不退転(ふたいてん)を説かれました。
  結果、年月はかかりましたが勘当は解かれ、さらに父康光も法華宗信者になったのです。

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