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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

夫たのしくば妻もさかふべし

解説:学林教授・大久保  本修寺住職 田中 靖隆

夫たのしくば妻もさかふべし

 大聖人がご臨終の地と定められ、六十一歳のご生涯を終えられたさしの国池上。この地をおさめ、大聖人を手厚くほうむられた池上兄弟とその夫人たちに送られたお手紙の一節です。

 夫が楽しければ、妻も栄えることでしょう。

 この一文では主人が家庭を支える大黒柱であるとの意味に聞こえます。しかし、お手紙の前には「女性というものは物に従って、かえって物を従える存在です」と書いてあり考えこんでしまいました。

 さらに私は「妻たのしくば夫もさかふべし」ともいえると思います。歌手さだまさしさんの『関白宣言』の歌ではありませんが、家庭は夫婦双方の同量の我慢の上に成り立つのであり、どちらか一方にのみ大きな我慢をいてはいけないと思います。もちろん必要な我慢もありますが、真面目で忍耐強い日本人は、しなくてよい我慢までじっと頑張って耐えてしまいます。

 私の思う不必要な我慢とは、自己の尊厳に関わる我慢と考えます。このような我慢の困る所は、自分で我慢している自覚がとぼしくなる、というところにあります。熱いお湯に急に入るとビックリしますが、ぬるいお湯からだんだん熱くしますと、つらいという自覚がないままに限度を超えてしまうのに似ています。

 また、自分の身を守るため、などいろいろな理由から不必要な我慢を避さけられない状況に、身を置かねばならない時があることもつらいことです。

 大聖人も、我慢はさまざまなさわりがあるといわれています。どうか、無理な我慢が続き身体を痛めてしまう方が少しでも減るようにと、いろいろなお話を聞くたびに願わずにはいられません。

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