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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

所詮亡者の浮沈は追善の有無に依也

解説:吉川恭司

所詮亡者の浮沈は追善の有無に依也

 「十王讃歎鈔」のご文章によりますと、冥途は、直ちに成仏する極善の人、直ちに悪趣に堕ちる極悪の者を除く、大部分の死者の霊魂が赴くとされる暗黒の世界です。そうした人達が中陰・中有の旅に出かけることになります。中有の旅とは「死後49日の間、次の生所を得ないで迷っていること」を意味します。現在、中途半端で落ち着く所がない状態を「宙に迷う」といいますが、これはもともと「中有に迷う」から転化した言葉です。

 冥途には35日忌を担当する閻魔王をはじめとして、初七日忌から三回忌までの計十回も忌日を受け持ち、死者の生前の罪業を審判する十人の大王がいるといわれます。

 人間はつい人を傷つけたり、無益の殺生を犯したり、また忙しさに取り紛れ善根を積む機会を逸しいたずらに罪業、罪障の荷をのみ重くしてしまいます。その荷を少しでも軽くしてあげ、亡き人が善処に生ずる手助けして差し上げる回向が追善供養です。

 この御書では、他にも追善供養の重要性を繰り返し説いておられます。

 なお、追善供養は、亡き人のために行なうものですが、同時にそれは回向する人の功徳となって戻ってくるものなのです。「人のために灯をともせばわが前あきらかになるがごとし」というお言葉はここにもあてはまるかと思います。

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