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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

法華経を持つ女人は 澄める水の如し釈迦佛の月宿らせ給う

出展:松野殿女房御返事(昭定一七九二頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

法華経を持つ女人は 澄める水の如し釈迦佛の月宿らせ給う

 身延における大聖人の生活は厳しく、日々の糧を得るにも精一杯の状態だったようです。しかし上野尼や窪尼、今月の松野殿女房などの女性信者や南条氏、波木井氏といった檀越からの供養の品々で、かろうじて命をつないでおられました。
  大聖人はこうして贈り届けられる信者からの供養に対し、じつに細やかに返礼の手紙を出しておられます。標題の文章の前にも、
「白米一斗・芋一駄・梨一籠・茗荷・はじかみ・枝豆・ゑびね(山葵)旁の物給候ぬ」
とさまざまな供養を受取ったことを記し、感謝の意を表されています。
  とはいえ、食糧をはじめとする生活必需品を大聖人のもとへ贈り続けた檀越・信者たちもまた、けっして裕福だったわけではありません。
  信者の大半は、甲斐や駿河の弱小領主、下級武士、その未亡人などであり、彼らは自分たちの生活すら貧しかったにもかかわらず、大聖人への供養を怠りませんでした。
  だからこそ大聖人は心から感謝され、我が身を削ってでも「法華経の行者・日蓮」を守ろうとする信者には、釈尊の魂が宿ると仰ったのです。
  私たちは、生活や精神に余裕のあるときは鷹揚な振る舞いをすることができますが、健康を害していたり、経済的に逼迫しているような状態では、なかなか他者を援助することはできません。
  しかし、たとえ我が身が苦しくとも、困っている他者に手をさしのべ、ともに生きることこそが真の菩薩行なのです。松野殿女房はまさしくその実践者であり、法華経の行者であるといえるでしょう。

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