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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より解説者の役職・所属寺院名などは掲載当時のもの

在世の月は今も月 在世の花は今も花 むかしの功徳は今の功徳なり

解説:門谷東生

在世の月は今も月 在世の花は今も花 むかしの功徳は今の功徳なり

 このおことばは、建治元年(一二七五)七月、大聖人さま五十四歳の時、身延から南条時光へ送られた書状の一節です。

 南条氏は、駿河における有力な檀越で、富士郡上方上野郷に住んでいたことから「上野殿」とも称されました。

 身延の大聖人さまは、南条氏から捧げられた白麦一俵・小白麦一俵等の供養に対してお礼を述べられ、次にお釈迦さまのお弟子の阿那律導者と迦葉尊者等の故事を引き、供養の功徳を説いておられます。

 迦葉尊者は、前の世において飢饉の時に麦飯一杯を聖者に供養した功徳によって、値い難き釈迦仏にも遇い奉り、法華経では「光明如来」という名を授けられたと記されています。

 であるならば、この度、南条氏から供養された白麦も同じことだと大聖人さまは申されます。インドにお釈迦さまがおられた時代の月は今も変わらず同じ月、花も同じ、そして供養の功徳も同様なのです。身延山中に餓死しそうな法華経の行者を不憫に思い、山を越え、河を渡り送り届けてくれた南条氏の芳志を考えると、供養の麦は私たちの眼には麦と見えても、仏さまは法華経の文字(仏の種子)とご覧になるであろうと讃えられてます。

 時は流れようとも、真心からの奉仕・供養が変わることなく、大きな果報の因(仏因)となることを大聖人さまは教示して下さっているのです。

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