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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

日蓮をつえはしらともたのみ給うべし

出展:彌源太殿御返事(昭定八〇六頁)
解説:村上東俊 学林助教授・多摩 立正院住職

日蓮をつえはしらともたのみ給うべし

 インドに降誕された釈尊は、遙か昔の過去世に、最初は菩薩となって修行を始められたのです。その際に、菩薩は成し遂げる目標を定めて誓いを立てる誓願を行います。仏さまに誓願を立てることは、自らの決意の不退転を示し、修行の指針として自己を律するものであると思われます。
 大聖人もご一代において幾度か願を立てておられます。幼少の頃には「日本一の智者となし給へ」と虚空蔵菩薩の御前で願を立てられて、仏法を修行されました。そして後には、法華経の行者として「我れ日本の柱とならむ、我れ日本の眼目とならむ、我れ日本の大船とならむ」と有名な三大誓願を明らかにされるのです。これは末法における本仏釈尊の使いとして上行菩薩の応現であるとのご自覚から発せられた誓願なのです。
 この一節は、大聖人の信者である北条弥源太へ宛てた書簡です。これは弥源太が大聖人へ太刀を奉納した際に返信として認められたものです。「日蓮を杖・柱と頼まれるがよい」と弥源太に対し仰せになることは、まさしく末法の導師として衆生を導くために大聖人が誓願を実践されているお姿に他なりません。
 言うは易く、行うは難し。実践の伴わない言葉のみの誓願では、仏道修行の意味は薄れてしまいます。そこには自らの信心と決意をもって臨まなくてはなりません。大聖人は末法におけるすべての人々を救済するという誓願をもって、ご一代において法華経弘通に尽くされたのです。

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