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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

母は幼子をわすれず釈迦仏は母のごとし

解説:田中豊隆

母は幼子をわすれず釈迦仏は母のごとし

 このおことばは、文永九年(一二七二)四月、佐渡流罪中の大聖人さまを訪れた四条金吾氏が鎌倉へ帰るに際し、濁世末法に法華経を持つことはむずかしいことであるのに、夫婦ともに心を合せ法華経を信じていることを称賛され、特に遠く離れた佐渡の地まで夫を遣わされた妻の志を感謝され、その功徳の少なからざることを述べられて信仰を励まされた書状の中の一節であります。

 仏にはそれぞれ主、師、親の三徳があります。しかし、娑婆世界の我々衆生にとって三徳を具備した仏は、阿弥陀仏でも、薬師仏でもありません。教主釈尊のみが我々衆生にとって主であり、師であり、親であって、三徳を具備した仏であります。

 大聖人さまは、親徳を殊の外に大切とされております、それは、我々衆生は過去遠々の昔に釈尊によって仏の種を植えられ、縁を結んだ親子の間柄にあるからです。

 親徳とは、仏が我々衆生を慈愛する徳のことであります。幼子の母親が我子のことを片時も忘れずにいつくしむ心であります。

 お自我偈の「毎に自から是の念を作す、何を以てか衆生をして無上道に入り、速かに仏身を成就することを得せしめんと」の経文は、釈尊が娑婆世界の我々衆生にとっては、いつくしみ、あわれむ心を持った仏であることを説かれたものであります。我々は正法受持の心で本仏釈尊に応えることが正信であります。

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