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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

法華経は実語の中の実語なり 真実の中の真実なり

解説:布施義高 学林教授・青山持法寺裡

法華経は実語の中の実語なり 真実の中の真実なり

 私たちは何を信じ、いかなる教えを人生の拠りどころとすべきなのでしょうか。釈尊は、人々のさまざまな苦悩に応じて、実に八万四千の法門(法蔵)といわれる夥しい教えを残されています。
 そのような中で、「震旦の小釈迦」と称される中国の天台大師は、五時八教の教判を立てて、数ある釈尊の教えを、真実とそれを顕すための手立て(方便)の教えとに篩(ふる)い分け、全ての生命存在を救わんとする釈尊の説法の本来の目的が、法華経を説き顕すことにあり、今日人口に膾炙(かいしゃ)する『般若心経』などをはじめとする他経がことごとく、法華経を説くための準備の教えであることを諦観(ていかん)されました。
 大聖人はこれを承けながら、さらに独自の教判を披瀝し(五重三段・五重〈四重〉相対)、本仏釈尊による救済の絶対法「南無妙法蓮華経」(本門法華経)こそが、「実語の中の実語」「真実の中の真実」である(随自意)こと、そして、一切経々をその階梯とする仏教体系を明らかにされたのです。
 ご遺文からうかがえる、弟子檀越への大聖人のこまやかな優しさと抱擁性。その一方で対外的に展開された、烈しく果敢な諸宗批判(折伏)。その諸宗批判も、叙上の教判に則って、本仏釈尊の真実の教えを根本とする一大仏教体系を日本ないし世界に浸透せしめんがために発された、本仏の遣いとしての、仏説に基づく父性的な親心(大慈悲)であることを私たちは噛み締めなければならないでしょう。

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