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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

一生空しく過ごして万歳悔ゆる事なかれ

出展:富木殿御書(昭定一三七三)
解説:学林教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

一生空しく過ごして万歳悔ゆる事なかれ

 今月の聖訓の前段のお言葉から、本文をご紹介しましょう。
 「我(わ)が門下(もんか)は夜(よる)は眠(ねむ)りを断(た)ち、昼(ひる)は暇(いとま)を止(とど)め、之(これ)を案(あん)ぜよ。一生空(いっしょうむな)しく過(す)ごして、万歳悔(ばんさいく)ゆる事(こと)なかれ」
 (日蓮の弟子となったならば、昼夜をいとわず修行と学問に邁進(まいしん)しなさい。限りある一生を何もせずに明け暮らして、やがて死に及んだ時に悔いるようなことは残念なことです)
 この聖訓は文永(ぶんえい)十一年(一二七四)五月に著(あらわ)されました。対告者(たいごうしゃ)は富木常忍日常師(ときじょうにんにちじょうし)。日常師は大聖人のお手紙・論文・教学書などの保全・格護(かくご)・遺存(いぞん)の重要性にいちはやく気づき、全国に遺(のこ)された大聖人の文書の蒐集(しゅうしゅう)に心血を注ぎました。今日の私たちが大聖人のこ文章に接することができるのも、富木日常師のおかげであることは否(いな)めません。
 法華宗の僧侶は、ご本山の学林(がくりん)という修行道場を経験しなければ、正式な僧侶とは認められません。
 その学林の開講式で学林長が読み上げる言葉に、さきに述べた大聖人のお言葉がそのまま引用されています。大聖人のお言葉で、開講式は厳粛(げんしゅく)かつ荘厳(そうごん)な空気に包まれます。
 修行(しゅぎょう)と学問。両立するのは大変な重責と緩(ゆる)むことのない緊張の連続ともいえるでしょう。しかし、僧侶を志すならば、必ず乗り越えなければならない関門といえます。
 まさしくその意味は、一生を悔いることのないための修行なのです。

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