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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

菩提心を発す人は多けれども退せずして実の道に入る者は少し

解説:門谷東生

菩提心を発す人は多けれども退せずして実の道に入る者は少し

 このおことばは建治二年(一二七六)十二月九日、大聖人さま五十五歳の時、身延から松野六郎左衛門へ送られた書状の一節です。

 松野六郎左衛門は、駿河国(静岡県)松野の領主で、いつごろ入信されたのか明らかではありませんが、大聖人さまとの御消息(手紙)の往復は、大聖人さまが身延へ入られ約二年程経った建治二年二月から始まっています。常に大聖人さまへの供養を怠ることなくまた、大聖人さまを訪ねて色々と教えをうかがう熱心な信者でした。とりわけ子供が多かったと伝えられていますが、その中に、大聖人さまの本弟子六老僧の一人、蓮華阿闍梨日持師がおられます。

 菩提心とは、無上菩提心・無上道意・阿耨多羅三藐三菩提心、略して道心・道意・覚意ともいい、仏果を得ようとして仏道を行ずる心・道を求める心のことをいいます。菩提心をおこすことを発菩提心あるいは、発心と申します。

 私達凡夫は、まず煩悩の自己であると知ることが菩提心ではないでしょうか。しかし理屈は解っていても道を行なわない人が多くいます。私達の菩提心は得てして薄弱なものなのです。つい退転してしまうことが多く初志貫徹はなかなかできません。

 だからこそ強盛の菩提心をおこして法華経のために身命を捨て、至心にお題目を唱え、受持することは無上の光を放つのです。

 それは自他にわたる信行であり、本当の修行であると大聖人さまは説いておられるのです。

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