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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

願わくは我が弟子等大願をおこせ

解説:学林教授・大久保  本修寺住職 田中 靖隆

願わくは我が弟子等大願をおこせ

 願うところは我が門弟の人々が大願をもってほしいことです

 新年のお言葉は、静岡・富士に住む南条時光氏が熱原法難の際に尽力したことへのお礼の手紙です。

 あつはら(今の静岡県富士市)にはもともと天台宗の大きな寺がありました。そこにはへいのよりつな(幕府の要人でだいしょうにんの法敵)の親戚のぎょうという者が頼綱のコネで雇われ住職をしていました。行智は横暴・横柄で地元の農民から嫌われていました。

 その頃、近くで大聖人の弟子のにっこう聖人が法華経を広めはじめ、農民はどんどん法華経を信仰します。それに恐れをなした行智は、以前から大聖人を憎んでいた頼綱とともに農民を弾圧するようになりました。弾圧はエスカレートし、ついに稲刈りをしていた農民二十人に米を盗んだ、と云いがかりをつけ捕えます。身延の大聖人も尽力しましたが、とくに熱心だった三名を死罪、他十七名を追放という処分が下りました。その十七人を引き取ったのが時光氏で、時光氏も大聖人に協力したとして税金を上げられ、困窮を極める生活となりました。

 この事件を大聖人はどうご覧になっていたでしょう。弾圧された末に死罪という理不尽な結末を迎え、それでもそこに生きていかなければなら人々に〝大願をおこせ〟と祈り、説いた大聖人に、計りしれない慈しみの心を感じます。

 法難を与えつづけた、時の権力者たちにさえ、"願わくは~"と語りかけられているような気がします。

 私たちにはこのように思いがけない災難にうことがあります。また逆に思いがけない幸運もあります。災難の時は大聖人の教えにならい、思いがけない嬉しい時には、その喜びを身近な人たちと分け合って、感謝して日々を送りたいと思っています。

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