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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を

解説:学林教授・大久保  本修寺住職 田中 靖隆

いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を

 いよいよ冬本番となり、春が待ち遠しい二月のお言葉は、鎌倉の妙一尼へ宛てたお手紙の一節からです。

 妙一尼のご主人は、幕府の激しい弾圧にもめげずに法華信仰をつらぬき、佐渡での大聖人のご生活を支援された篤信な方でした。しかし、大聖人の佐渡流罪ごしゃめんを待たずして、子どもたちや年老いた母親を残してめいへ旅立たれてしまいました。このお手紙は、その後に身延へ隠居された大聖人のため、衣をご供養された妙一尼へのお礼状です。

 法華経を信ずる人は、今は寒い冬の時期のようなものです。しかし、冬は必ず暖かな春を迎えます。いまだかつて冬が秋に逆戻りしたことなど聞いたこともありません。同様に聞いたことはありません、法華経を信ずる人が成仏しなかったことを。

 亡きご主人は法華経のために命をしみませんでした。このどくによって今は、お月さまやお日さまとなってでも、あなた方親子を見守っておいでですよ。そしてあいまみえる時がきっと来ますよ。

 佐渡といい身延といい、私へのお心づかい本当にありがとうございます。今は体力がないので、このご恩は生まれ変わってお返しいたしましょう。

 ご主人を亡くされた妙一尼の胸中はいつも冬のままであったと思います。大切な人との別離は本当につらいものです。朝起きては泣き、季節の変化を感じては泣き、家族連れを見ては泣き、食事を食べても涙が出ます。その方の気配を感じたり、似た方を見かけては、もしかしてと思います。どうかそのような時に急いで日常を取り戻さなくては、と無理をされないようにと願います。悲しみと共存し、思い出を語れる日が必ず来ます。この世で結ばれたご縁は切れません、次の世でもきっと出会えます。

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