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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より

米は油の如く命は燈の如し 法華経は燈の如く行者は油の如し

解説:本宮日顕

米は油の如く命は燈の如し 法華経は燈の如く行者は油の如し

 このお諭しは、前回同様に大聖人様が、身延でおん歳(とし)五十八の弘安二年八月十七日に、篤信の曽谷道崇が亡父教信の仏事供養のために焼米(やきごめ)二俵の財施がありましたのに対しての、ご返書の法施(ほうせ)をもって報いられたものです。およそお米は安(やす)っぽく軽く思われがちですが、人の命(いのち)を支えている大切な物であります。あたかも米は油のようなもので、命は燈のようなものでありますように、法華経は燈の如くで、行者の僧侶は油のようなものであります。また檀那である信者は油の如くで、行者の僧侶は燈のような関係であります。石油ストーブにしても灯油がなかったなら炎が消え易いように、僧侶の布教活動がなかったら法華経の広宣流布が望めませんが、その僧侶の命を継ぐには信者の布施がなかったら続けられません。よってこのたびの貴殿からのお米の布施は単に法華経の行者日蓮の命を継(つな)ぐ功徳にとどまらず、み仏の本懐(ほんがい)である法華経の命の綱を相続する大功徳に継(つな)がるのですから、どうしても感謝せずにはおられません。
 命の大切さについて大聖人様は、可延定業御書(かえんじょうごうごしょ)に「命と申す物は一身第一の珍宝なり。一日なりともこれをのぶるならば千万両の金(こがね)にもすぎたり。」と申されています。

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